アジア圏におけるカラオケ事情
インドネシアでカラオケ
韓国においてはカラオケ施設で売春が行なわれることはまだ非常に稀であるが、東南アジアではカラオケ.バ—で女を「引っかける」ことはごく普通に行なわれている。2001年に行なわれた感染症防止局の調査によれば、タイでは1000軒以上のカラオケ施設がセックスワー力ーを雇っていたという。

インドネシア、特にジャカルタやバリでは、カラオケ屋に入るとまず最初に女を選ぶ。普通、そこには小さな窓があって、品定めできるようになっている。女からは客の目許しか見えない。「ホステス」のほとんどは非常に若い。選ばれた女は客と一緒に個室に入って「歌う」。

建前上、カラオケ屋の女は売春婦とは呼ばれない。この地域では売春は違法だからである。とはいうものの、セックスワーカーやサーヴイス.ガールの供給は潤沢である——そしてカラオケホステスも。

東南アジア諸国の多くでは、「セックスツアー」はメジャーなアトラクションであり、地域経済に大いに貢献している。ここで用いられる商売用語は「お楽しみ」である。バリで最も有名なカラオケ施設で働く25歳のリサは言う。「ほとんどの男は、単に『お楽しみ』したいだけ。よく触られたり、腕を組まれたりするけど、でもそれだけよ。少なくとも、カラオケの中ではね…」。

実際、バリのカラオケ施設は売春宿とは異なるルールの下に運営されている。すべての個室には窓があり、営業時間中は警備員が常駐し、「プライヴァシー」が「政治的に正しい」レベルに保たれるようにしている。とはいうものの、この島でカラオケ施設の公式の終業時間とされる午前三時を過ぎると、何が起きようと女と客のプライヴェ—トな問題と見なされる。

バリのジャーナリスト、二口は言う、「この国では、カラオケ施設は力ネのある男たちが女を見つけて連れて帰るのに都合の良い施設となっていることを認めざるを得ません。

中には歌好きな客もいますが、セックスもまたゲームの一部なのです」。バリ在住のフランス人アランはこれに異を唱える。彼によればカラオケ施設は多くの女が売春婦としての径歴を開始する場である。

インドネシアの少女の多くにとっては、カラオケで働くことは「夢の仕事」である。それは単に客と「お楽しみ」をするだけで、平均の10倍の報酬が得られる。この仕事は建前上、少女たちは客と一緒に歌い、笑い、飲むだけである。飲み代を払うのは客であり、少女たちは好きなだけ飲むことができる。


カラオケで甦る——力ンボジア
カンボジアはその綱領において、「カラオケは間違いなくコミュ二ケーションの効果的な方法である……それは重要かつ価値ある情報を伝えることができ、実際に伝えている」と宣言している。また、カラオケはカンボジアで最も人気のある娯楽であるという。「カンボジアにおいてに事実上すベての人間がそれに参加することを好む。

家族全員が家庭で一緒に歌う。大きな祝祭やパ—ティでも、小さなレストランでも、野外の公園ですらカラオケは歌われる。聴衆は必ずしも必要ではない。また、あらゆる年齢の参加者が同じように熱中する」。

カラオケを効果的な教育ツールとするために、RDIカンボジアはクメ —ル人のスタッフを雇っている。

その中には歌手や作曲家もおり、「人を鼓舞するような」教育的な歌を作って市場やTVで大衆に提供している。歌の主題は米から砒素まで多岐にわたっているが、そこにほとんどのカンボジア人が楽しんで歌える様式の曲が付けられ、歌や伴奏を録音する歌手や演奏家は同国の有名人が選抜される。

このプロジェクトリ—ダ—によれば——アメリカ人は教育的な歌を「偽善的」とか野暮だとか考えるかも知れないが、RDIは聴衆がわれわれの教育的な歌を喜んで歌っているという事実を確認している……

大人も子供も実際にマイクを取り、聞いたこともない新曲を歌い始める。何故ならその歌が親しみやすく出来ているからだ。多くの実地テストにおいて、カンボジア人は何の煽動もなしに自ら進んで歌うことが実証されている。これはまさに教育と大衆娯楽を結びつける、文化的に適切な手法である。

田舎の人々に届けるために、RDIは特製のカラオケ.トラックを保有しており、これはしばしば村や田舎のかなりの群衆を惹き付ける。

トラックがカラオケVCDを再生し始めると、子供たちは手を叩いて一緒に歌い、村人たちはマイクを求めて騒ぐ。トラックが立ち去るまでに新曲の一曲やニ曲憶えてしまうこともしばしばある。そして大抵の場合、彼らは歌に盛り込まれた情報を記憶する。数日後にカラオケ.トラックが村に戻ってくると、しばしば村人たちは歌の中にある指導に従って行動していたりする。

カンボジアはカンボジアにおけるカラオケのインパクトを誇張しているというもあるが、この国におけるカラオケの存在が極めて大きいという事実を否定することはできない。

その大きさのゆえに、二〇〇一年にフン.セン首相はカラオケ.バーが売春や薬物問題の温床になっているとしてこれを一掃しようと試みた。薬物や売春対策のすべてがそうであるように、カラオケ禁止令は一種の社会統制である。人々が集まって楽しんでいると、それは全体主義体制にとっては脅威に見える。

過剰な楽しみは社会を堕落させる恐れがある。ゆえにカラオケは「内なる敵」であり、根絶させねばならぬ。この禁止令のゆえに、カラオケバーは看板から「カラオケ」という文字を消し去り、多くのカラオケ施設はレストラン、酒舗、小料理屋などを名乗るようになった。

とはいうものの、カラオケは当局が公共施設や家庭からTVセットを没収した後も依然として活況を呈している。至る所で国民はカラオケを生演奏に代えた。


「刷新」、カラオケによる新生活—ベトナム
精神の健康に寄与するカラオケの効果は、語学の学習においても肯定的な役割を果たすと考えられている。

その輝かしい実例はベトナムにおける英語教育である。一九八六年にベトナム政府が作用したドイモイ(「刷新」)政策以来、英語の学習は若いベトナム人、特に中等学校以上の者の間で一般的となった。
オーストラリア、ニュ—ジ—ランド、英国、合衆国から大量のEFLの教師が調達された。ベトナムにおけるカラオケ人気、及び同国人の歌好き(特に西洋の歌)を見た語学教師や学校は、カラオケを教育に使い始めた。ある教師は言う。

カラオケは英語教育において極めて有用です。歌を聴きながら、同時に歌詞を読むことが出来るきが気に入っています。さまざまな曲から、たくさんの面白い単語を学ぶことが出来ます。ただ歌を聴いているだけでは内容は分かりませんが、画面に歌詞が出るので大いに助けられます。

カラオケはベトナムでは大人気ですが、われわれはそれを教室での語学教育に活用せねばなりません。

カラオケは韓国の国技だった!?
グランドインタ—コンテイネンタルソウルの選択は正しかった。嗚呼、韓国人は何と歌が好きなことだろう!『コリアンタイムズ』の編集長は、歌は韓国の「国技」だと胸を張る。2002年11月2日、間近に迫ったワールドカップの特集記事で、大量の観光客に対して、韓国に来るなら歌が好きになっておいた方が良いと警告を発した。

もしも海外から来るワ—ルド力ップの見物客が歌好きなら、ホストである韓国人に気に入ってもらえるだろう。ディナーパ—ティへの招待は、たとえフォ—マルなものであったとしても、スタミナが必要であり、他人行儀は許されない。彼らは自ら立ち上がって「歌う」ことを期待され、求められ、促され、ほとんど強制されるのである。

「朝の鮮やかなる国」韓国には偉大なる歌の伝統があり、多くの偉大な歌手たちがいる。さらに彼によれば、ほとんどすべての韓国人が程度の差はあれ美しい歌声を持ち、また「音程の取りにくい、もしくは歴然と音痴であるごく少数の者も、勇猛果敢に奮闘して歌うので、共感的な聴衆から熱狂的な反応を得ることが出来る」。

この同胞の文化的特色を評価し音楽体験を共有するために、観光客は歌房を訪れるべきであると言う。
それは韓国ではお決りの社交活動である。

「歌房」とは、文字通り「歌の部屋」を意味する。多くの韓国人はカラオケボックスの起源は日本ではなく韓国であると主張するが、歌房が人気となったのは一九八〇年代後半、ソウルオリンピック(1989)の頃に過ぎない。歌房は間もなく韓国人にとって主要な娯楽施設となった。「何故なら韓国人は心から歌が好きで、歌房はストレス発散と時間つぶしの場となったからである」。

今日韓国を訪れる者が最初に気づくのは、至る所に歌房があるということだ。どんな小さな街や村も、今やさまざまなカラオケ施設を誇っている。ほとんどの歌房は安い値段で日々のストレスを歌い飛ばし、友人や同僚、家族、あるいは仕事で初めて会った人との連帯を強める場を提供している。

政治家も官僚も、経営者も従業員も、学生も店員も、主婦も医者もひとたび韓国人が歌房でマイクを握れば、人前で歌うことに対する恥も恐れも無くしてしまうという。