1.認知症ケアにおける音楽の効果
音楽を用いた療法は、音楽を鑑賞する、演奏するということを中心に、音楽がある場で過ごす、音楽を他者とともに楽しむといった音楽がもたらす環境から成り立っています。

認知機能の低下から、言葉によるコミュニケーションが成り立ちにくい認知症の人とのコミュニケーションのきっかけ、情緒の安定や記憶の回復など、次のような効果が考えられます。

聴くことの効果
認知症の人は、その中核症状として記憶障害がありますが、嗅覚や味覚と同じように、幼少時から児童期、思春期、青年期とその人の生活史のできごととともに、音楽は記憶に刻まれています。そうした記憶はエピソード記憶といわれ、その曲を聴いたり、歌ったりすることで、その音楽に関連した昔の生活やできごとを思い出すきっかけとなります。

音楽は、その時の風景・音・会話まで思い出すことがあります。つらく悲しいできごとを思い起こすこともありますが、それも自分が乗り越えた人生の回想としてのカタルシスになります。さらに、なじみの曲を歌ったり演奏することで、音楽をきっかけとしたコミュニケーションが促進されたり、またその人らしさが引き出されることにより、生活の質の向上を図ることができたりします。

歌うことの効果
歌うことは、呼吸や加齢とともに低下する心肺機能の維持・改善にもつながり、嚥下機能や発音・構音機能の働きを高める効果があります。また、自分の生活史と関連のある歌を歌うことは、聴くこと以上に、感情が表出されることとなり、大きなカタルシスを伴います。そして、人と一緒に歌うことで、言語によるコミュニケーションでは得られない、一体感や安心感が生まれます。

楽器を用いた効果
多くの人の場合、メロディ楽器の演奏は無理でも、簡単な打楽器を使用することはできます。リズムに合わせて振ったり叩いたりして音を出すなど、打楽器は粗大な身体全体の運動を伴うことで、脳の血流量が増加し、脳への酸素の供給量が増加します。

音楽に合わせて手足を動かすことで、運動機能の維持や改善にも効果がみられます。人と合わせて歌うことができなくなった人でも、楽器で一緒に拍子をとったりすることはできます。その一体感が言語を超えたコミュニケーションとなります。

相乗効杲
このように、音楽は身体的、精神的な刺激として生活に新たな張り合いを生み、そして音楽をきっかけに、時間を共有し楽しさを共感できる仲間ができれば、さらにそれは大きな喜びとなります。

また、音楽を使った取組みは、精神的安定をもたらし、抑うつ傾向者への改善効果も認められています。また、音楽による円滑なコミュニケーションを通じて、閉じこもり、寝たきり予防への効果も認められています。

2.認知症ケアにおける音楽の進め方
プローチのポイント
生活背景の把握
音楽は人によって、好みや生活史における個人的意味があり、また情緒的なものです。一つの歌や曲が会話のきっかけとなり、人生を振り返る回想の手段にもなります。

生まれ育った時代の生活環境や生活習慣好みなどにより、若い頃親しんだ音楽今聴いても心和む音楽は、人によって異なります。そのため、個人の生活背景を把握し、それを活かすアプローチが必要となります。歌うことが好きか、楽器を使うことが好きか、踊ることやリズムをとりながら楽しむことが好きか、聴いているだけで十分か、また個人がよいのか、グループがよいのかなど、その場面や状況を考えて音楽を活用します。

また、人はいつも同じ状態ではないため、その時々に応じて柔軟に対応できることが必要です。予定外の状況にしばしば出会うことがありますが、生活背景を把握していることで、臨機応変の対応が可能となります。

年代別のアプローチ
認知症予防をはじめとした「介護予防」では、さまざまなプログラムが提供されています。介護予防の参加者は、年齢層の幅が広く、60代から積極的に参加していますが、60代の人と70~80代の人との生活歴時代背景は大きく異なります。

戦争を体験した世代、戦後の高度経済成長の時代、それぞれが生きてきた社会的環境の違いとともに、それぞれの時代を理解し、選曲アプローチを行うことを心がけることが必要です。また、受けた教育の違いや日本文化に対する思い入れ、生活習慣の違いなども把握します。

歌謡曲は、その時代を表現するものなので、認知症の人にとっては、記憶を呼び起こすために有効なのです。
さらに、年齢によりキー(曲の調子)の調整も必要です。高齢者では一つの曲を高音から低音まですべて歌うことは難しい場合が多く、個人差もありますが、歌いやすいキーの選択が必要となります。

リズムの重要性
音符が読めなくても、楽器が演奏できなくても、リズムを通して音や音楽を楽しむことができます。歌詞やメロディを知らないのに、聴いただけですぐに参加することができるのがリズムです。例えば、太鼓や鈴、カスタネット、タンバリン、マラカスなどのリズム楽器を使うことで、多くの人が参加することができます。メロディを知らなくても、リズムを模倣することで周囲と共感をもつことも可能です。


3.プログラムの進め方
プログラムのスタイル
音楽プログラムはグループで取り組むことが多くあります。2~3人の小人数から、10人以上の大グループの場合もありますが、最近はその対象者を機能や障害別に分けるなど、小グループ化する傾向にあります。

グループでの取組みは、共有体験による喜びや達成感社会性の向上などの利点があります。一方、少人数や個人の場合は、個人の機能に応じて反応を引き出したり、応えたりすることができ、対象者にとっては自己表現や自主性を発揮しやすく、達成感などが得られやすくなります。

進める際の留意点
すべては選曲から始まります。アプローチのポイントで述べたように、認知症の人が安心して歌えるよう、なじみの歌を選曲するようにします。そして、それぞれのパートに分かれて練習し、次に各パート全員で一斉に合わせます。歌に慣れてきたら、歌いながら、リズムに合わせて楽器を演奏します。

具体的な進め方のポイントは次のとおりです。
①時代を代表するなじみの曲などを一緒に歌ってみる。
②曲にかかわる話題から、さらに次の曲を引き出す。
③一つの曲をヒントに、音楽的に発展させる方法を考える。

例えば、踊る、合奏する、ハーモニーをつけるなど。なお、継続的に実施するには、前回の復習を心がけるようにします。また、スタッフが個人の様子を記録しておき、次回の参考とすることが必要です。さらに、楽しい演奏ができたときの喜びを記録しておくことも大切ですので、録音・録画を定期的に行い、成果を大切に記録しておきましょう。

プログラムを進めるリーダーは、常に参加者から注目される存在です。リーダーの表情や態度雰囲気で、その場の空気が変わることもあります。リーダー自身が日頃から音楽を楽しみ、音楽に慣れ親しむことが必要です。


実践のための選曲
季節にちなんだ歌の例
日本には四季があり、季節にちなんだ情緒豊かな曲が多い。特に認知症の人に対するアプローチでは、参加者の時代を踏まえて、昔覚えた曲やなじみの曲を選曲するとよい。

1月~2月
(睦月、如月)
1月1日・雪・たきび・雪の降る町を・お座敷小唄・まつの木小唄・冬景色・冬の夜・真白き富士の嶺・湯島の白梅・数え歌・神田川

3月~4月
(弥生、卯月)
うれしいひなまつり・早春賦、 どこかで春が、 春よ来い・春が来た、花・春の小川・蛍の光・仰げば尊し・贈る言葉・北国の春・さくらさくら・春の唄・花言葉の歌・荒城の月・朧月夜

5月~6月
(皐月、水無月)
茶摘み・こいのぼり・背くらべ・みかんの花咲く丘・からたちの花・知床旅情・あめふり・雨降りお月さん・めだかの学校・蛙の笛・かたつむり・ピクニック・並木の雨・線路はつづくよどこまでも

7月~8月
(文月、葉月)
たなばた・頁は来ぬ、夏の思い出・椰子の実・花笠音頭・ぐちなしの花・少年時代・海・われは海の子・浜辺の歌・琵琶湖周航の歌・青葉城恋歌・思い出の渚

9月~10月
(長月、神無月)
赤とんぼ・虫のこえ、ふるさと、村祭・十三夜・故郷の空・里の秋、 ちいさい秋みつけた・森へ行きましよう・箱根の山・湖畔の宿・宵待草・山小屋の灯

11月~12月
(霜月、師走)
もみじ・旅愁・通りゃんせ・学生時代・見上げてごらん夜の星を・聖夜力・ともしび・北帰行・お正月・いい湯だな、 湯の町エレジー・赤鼻のトナカイ・トロイ

通年ふるさと、あんたがたどこさ、夕やけこやけ

導入として「今日の歌」または「今月の歌」を使って日時を確認、季節を話題に声かけを行います。季節の歌やなじみのある曲を歌うことにより。その曲を歌っていた時代、友達家族などの記憶が呼び起こされるため、選曲はとても重要です。


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