音楽と幸福
幸福という概念は、人によっても違います。そして、宗教や思想、人種によってもさまざまでしょう。しかし、「幸福である」という実感にさほどの違いはないと思います。

一人一人の人間の脳細胞の中に発生するエンドルフィンの量の違いはあっても、聞こえてくる音楽の形はさまざまでも、音楽は人間を「不幸」に導くものではありません

それが、自然と人間のバランスのとれた音楽ならなおさらでしょう。音楽のリズムやハーモニーが分析できなくても、音楽が自分の「生」を確認させてくれるものであることは明らかです。

そこに、ロックだ、クラッシックだ、ラップだという違いはありません。それはなぜかと一言えば、音楽を作る側も聴く側も同じ人間という存在に他ならないからです。

よく「神から啓示された音楽」という言い方をされるが、それは何も「神が作った音楽」ということは意味しません。

それが「神」を表現していようが「地獄」を表現していようが、音楽は現実に人間の記憶の中にしか存在しません。アミーバとして存在していた時代のほんの一握りの細胞の記憶であっても、古代の人間の記憶であっても、音楽はあくまでも人間の作り出す記憶の中で培われてきたものです。「感動」も「幸福」も今現実に生きている私たちにとって必要なものです。

そうしたものを人間は得るために「記億」というものを持ち、育ててきたのかもしれません。


音楽とは
それは、人間が生まれてから死ぬまでの限られた時間と空間の中で感じる「恐れ」「喜び」「悲しみ」といったさまざまな情感をこの瞬間の「生」の中で感じるために私たちが生み出したものです。

それは、「食」の快楽とも「性」の快楽ともまったく違う「幸福感」を私たちに与えてくれるものでもあるのです。「私たち人間が音楽に求めるものは一体何なのか?」

それは、果てのある限定された人間の「生」という時間と空間の中に、果てしのない時間と空間を作り出すことです。

なぜならば、音楽こそが、果てしのない時間と空間、つまり、恐れの「異空間」にも喜びの「異空間」へも自由に行き来することのできるスイッチそのものなのです。人間の「永遠の記憶」はいつも「音楽」の中に眠っていくことでしょう。