テクノ音楽のむかしと今

今のテクノは、聴くのでなく浴びるのだって主張してるライターの人がいるんだけど、結構それって的を得てると思う。いにしえのテクノ・ポップにしても、ひと頃のジュリアナものにしても、一般的にテクノと言ってすぐ認知されるようなモノって、やっぱリメロがあって、展開があって、サビがあってっていう従来のポップスのルールを守った音楽」だった。

でも、今クラブに行って浴びることの出来るテクノは、メロ無しでずっとビキビキいってるだけ。普通の人には「なんでこんなもんわざわざ聴くんだ」的な否音楽だったりするわけですよ。

でも、テクノ・ポップスの始祖クラフトワテクノークだって「トランスは常に反復であり、誰でもトランスを求めている。

生活の中にも、セックスにも、高まる情感にも、楽しみの中でも、パーティーでも、何にでもトランスを求めている。

機械は完璧なトランスを作り出してくれるって言ってるし、メロとかそういう余計なモノをほとんど取り去って、その機械の作るトランス(反復グルーヴ)だけを残したのが、今のテクノなんじゃないかな。

昔は、シンセの音(電子音)を使ってるってだけで新鮮で、テクノって言われたけど、クラブ・ミュージックとして台頭してきた今のテクノは、別に、当時みたいに新しいモノをひけらかすような作りは全然してない。

むしろ、10年以上前の古い機材を使ってたりする。確かに、今でも音の奇妙さをウリにしてる部分はあるけど、それって、成長中の音楽には不可欠で、そういう要素のあまりにない今のロックとかは、逆に開塞してて、不健康だと思うけどね。

80年代後半のハウスが、日本では「流行リモノ」に終始して、根付かなかったのに対し、テクノは日本のユース・カルチャーに初めて揺さぶりをかけてる。メディアやレコード会社の知らないとこでアナログ盤が飛ぶように売れ、渋谷にはテクノ専門のレコード・ショップができた。

十代の子供達がクラブに通い、DJになったり、打ち込みを始めたりする。10近くのテクノのインデイー・レーベルがコンスタントに作品を出し、そのうち幾つかは海外でも国内と同じように売れてる。

国内盤の出てないアーティスト/DJが毎週のように来日し、千人近い客を集める…。これだけの事例をあげてもまだ、何かが起きていることに気付かない人はいないでしょ。音楽産業どころか、若者市場の構造や流通を根底から覆すようなすごい変革が、このヘンテコな音楽のもたらした副作用なのかもね。