1.アーティストの才能は若いほど伸びる可能性があり30代がピーク
アーティストの才能は若いほど伸びる
レコード会社やマネージメント会社のスタッフが新人と会う場合、やはり年齢は重要なポイントとなる。

なぜなら、音楽的な才能の成長、完成、円熟、衰退というのは、なぜか肉体の能力を要求されるスポーツ選手のキャリアと似ているからだ。→アーティストの音楽の才能は遺伝より環境の影響が大きい

スポーツと同じで若いときほど才能が伸びる可能性が高く、そのスピードも早い。10代のアーティストの場合、2年も付き合うと驚くほど音楽性が変化して成長する場合があるが、20代なかばで出会ったアーティストの場合、たとえ作品がよくなってきたとしても、どこか自分の完成してしまった才能やスタイルの枠内で作品が作られるような気がする。

それはすでにスタイルの完成を見て、円熟していくということなのかもしれない。

10代で出会う「完成前の」アーティストは、数年をかけてスタイルの紆余曲折を経験し、その振幅も大きい。

だから、かりに同じようなレベルのデモ・テープであったとしても20歳の人の作品と25歳の人の作品では、聴こえ方がまったく違う。絵画、文筆、演劇、映画といったはかの芸術のジャンルでは、晩年に入って才能が開花する例がいくらでもあるが、音楽の才能はなぜか肉体の成長と衰えがリンクしていると思う。

これはスポーツ選手にあてはめるとするならば、野球選手に近いのではないだろうか。野球はサッカー、水泳、体操といったスポーツとは違い、肉体の衰えをある程度技術でカバーできる。

すぐれた選手は、10代後半でぬきんでてくる。20代なかばで肉体的にも技術的にも完成し、30代なかばまでは肉体の衰えを技術の習得でカバーしてもちこたえるが、そのバランスが支えきれなくなる30代後半に引退というパターンが多いのではないだろうか。

ミュージシャンもクリエイティブなピークは20代なかばから30歳前後、才能のあるミュージシャンが3枚目、4枚目くらいに名盤、マスター・ピースとなるアルバムを作るというパターンが多いのも、年齢と関係があるだろう。

したがって、30代前半ではすでに円熟期に入っている。この時期も、自分の持ち味を生かした、その人でしかできない味のある作品を作るということはあるけれど、若いころのような飛沫が飛び散り、輝くような才能ではなくなっているケースが多いように感じる。

1年に2枚、あるいは2年で3枚といったペースで作っていたアルバムのローテーションもしだいに長くなるといったぐあいで、つまりクリエイティビティーは徐々に低下している。

そのうち、いつ新作が出るのかといったインフォメーションもなくなり、いつのまにか音信不通になるケースも多い。ミュージシャンは野球選手と違って、宣言して引退ということはない(大沢誉志幸、角松敏生なんていう例もあるにはあるが)。

そして、いつのまにかレコーディング契約はなくなり、裏方だったり、まったく別の生き方をするようになるのである。

しかし、逆に松任谷由実や桑田佳祐のようにキャリア20年を超えて自己最高のセールスを生み出す怪物もいるし、 スガシカオという30歳でのデビューやクレイジーケンバンドと40歳を超えて成功したアーティストもいて、この年齢と才能の相関関係がすべてにあてはまるわけではない。

もうひとつ、ジャズやクラシックではなく、ポップス、ロックであるかぎり、基本的なマーケットやファンのメインはミドルティーンから20代なかばだという事実である。これはこの40年間変わっていないし、今後も大きくは変わらないだろう。

2. 年齢が近いほうがファンはアーティストに親近感をおぼえるし、アイドルではないとしても、アーティストは異性リスナーの仮想恋愛の対象とならざるをえない。そうなることによってこそ作品を売ったり、ライブの集客をはかるのである。

それはなにも姑息な手段でもなんでもなく、ビートルズ、ローリング・ストーンズでさえそうだった。そういったマーケットヘのアプローチは、ポップミュージックとは切っても切り離せないし、無理に否定するほうがむしろ不自然だろう。

それを考えると、そのアーティストとファンの年齢層の重なりはどうしても必要なことだといえる。同じ音楽をやっていたとしても、リスナーにとって近しい年齢層のアーティストのほうが、作品の聴こえ方やその存在感が違ってくる。

小説家のルックスや画家の学歴は、作品の評価や魅力にはほとんど影響しないし、とくに気にする人はいない。まずは作品世界があるのだ。そもそも音楽業界のように、新人の作家をビジュアルで紹介するような雑誌もメディアも存在しない。

ゴッホにしろ、三島由紀夫にしろ、まず作品世界、そして作家が一定のポピュラリティーを獲得してきてはじめて、そのパーソナリティーが広く知られることになるのである。

最近は、デビューしてから息切れしないように、作品のストックやブラッシュ・アップ、ライブ活動など、デビュー前の育成期間を最長で3年とるケースがある。さらに、デビューしてからも、テレビの大型タイ・アップなどに頼らないアーティストの場合、ブレイクまで2年あるいは3、4年かかるケースもめずらしくない。

もちろんブレイクしないまま消え去るアーティストのほうが圧倒的に多い。多くのアーティストがブレイクを夢みて下積みの音楽活動をおこなっているのだが。

つまり、新人アーティストがスタッフに出会ってデビューするまで最短で1年半。ブレイクするまで2年とした場合、24歳で出会ったアーティストは、ブレイクしたときは28歳。30歳前後のクリエイティブな頂点は日前になってしまうし、十代のファンからは距離を感じられるということにもなりかねない。

日本人は、世界じゅうでもとくに年齢を気にする人種なのだろうか。女性週刊誌、ゴシップ誌に書かれるタレントの名前の下には必ず年齢が書かれているし、仕事相手でも年齢を聞いてはじめなにか安心できるような気がする。

年齢を聞くのは欧米ではエチケットに反するのかもしれないし、エイジズムといって人種差別などと同様に禁忌のひとつになっているのかもしれないが、アメリカでは、そもそも年齢のことなど、あまり気にしていないように感じる。

ちなみに手元にアメリカのゴシップ誌があり、それは「人はいま」といった特集なのだが、それですら年齢は書かれていない。この日本の国民性はなんなのだろう。知っている人がいたらぜひ教えてはしいのだが。

いまだにアーティストの年齢詐称が多いのは、こういった背景があるからではないだろうか。これを読んでくれている20歳前後の君、時間というものはたっぷりあるようで、じつはない。

ミュージシャンになりたいのなら、むだな時間を過ごすのは禁物だ。伸びるうちに自分の才能に磨きをかけよう。君が20代後半でも、洋楽に負けないクオリティーのある作品を作れるアーティストなら、可能性はある。

以前は20代なかばを超えると音楽ファンは洋楽を聴くようになり邦楽は聴かなくなるといわれたものが、いまでは邦楽のクオリティーアップで、30代でも邦楽を聴く層は広がっていて、マーケットは成熟している。

しかし、レコード会社の契約のハードルが年齢とともに倍、また倍と高くなることは承知しておこう。若者の可能性にかけたい気持ちは、どんな業界にも共通してあるものなのだ。 



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