日本の音楽シーンは昭和歌謡から時代を経てJーPOPへ
大きくいえば、日本の音楽シーンは昭和歌謡から時代を経て、J‐POPへと移り変わっていきました。メロディラインより歌詞の内容より、なんといっても、そこにまず介在していたのは、実は、音響技術の進化です。

昭和歌謡を聴いていた頃はレコードが主流で、ステレオが一家に一台という時代でした。しかしそれがCDに替わっていき、ポータブル再生機を片手にみんな街に音楽を持って出歩くようになっていきました。

そうした家電やメディアの進化によって、音楽を聴くスタイルだけではなく、楽曲にも変化が見られるようになっていったんです。その変化を「音の味付け」と言っているんですけど、昭和歌謡と比べてJ―POPは「味が濃くなっている」んです。
わかりやすい例でいうと音圧です。これはEP盤と、CDなどのリマスター盤を聴き比べてみると歴然とした差があることがわかります。特に低音と高音の違いが顕著で、J‐POPではすごく音圧が強くなっている。

そこで何が起きたか。J‐POPでは楽曲における歌詞の重要性が相対的に下がったんです。音響技術が発達していなかった昭和歌謡の頃は「歌詞がいいよ」という価値基準でしたが、J‐POPは「音響的にカッコいいし、歌詞もいいね」と、その二つは同列になった。

昭和初期は「職業作家」といわれるレコード会社専属の作詞家や作曲家がいて、歌い手も声楽や浪曲をちゃんと学んだプロフェッショナルばかりでした。
そうした専門家たちが大衆性のある音楽を作り出していった。そして1970年代にフォークソングが生まれ、自ら作詞作曲をするシンガーソングライターが出てきたはしりは岡林信康さんあたりで、最も成功したのは吉田拓郎さんでしょう。彼らのような自分で作って自分で歌い演奏するミュージシャンがアーティスト(芸術家)と呼ばれるようになっていくわけです。
職人からアーティストへの変化だけではありません。音響技術の進化によって、音楽の作り方も大きく変わりました

時代が昭和から平成になると、音楽メディアはアナログからデジタルになり、スタジオ収録だけではなく宅録もできるようになった。その結果、音楽制作も効率化されていき、プロの世界には納期がありますから、それがどんどん優先されるようになっていった。

そして最近、ともすると音楽業界で問題視されているのが、レコード会社のコンペ制度です。「こういう系統のこんな楽曲」というテーマを設けて、広く募集をかけるというもの。そこに宅録で曲を作れる今のクリエイターたちがいっせいに応募し、勝ち抜いた楽曲がリリースされるという仕組みです。

ただ、そうなると、受験対策のシステムと一緒で、段々とコンペに勝ちあがりやすいv「傾向と対策」というものができあがってくる。その結果、J‐POPの楽曲はパターン化、テンプレート化していってしまう。歌詞もそうです。語感のいい言葉、「頻出ワード」と呼んでいますが、JPOPには「キセキ」「サクラ」「ツバサ」といった言葉が毎回のように歌詞に盛り込まれている。

たとえば、三月にリリース予定で、あるアーティストが歌う楽曲を募集しているとします。テーマは前向きで、ジャンルはダンスチューンといったときに、やっぱり「サクラ」という言葉は入れておいたほうがいいというのは必然だと思うんですよね。作曲においてもこれと同じ傾向が見られます。JーPOPのヒット曲の多くに使われているのが、規則性があって耳に心地よく響く「カノン進行」。

日本人はルールがあることで安心感を得て、そこからカスタマイズしていくのが好きな国民性を持っているため、カノン進行から多くのヒット曲が生まれるのでしょう。
こうしたコンペ制度を勝ち抜くためだったり、ある程度テンプレート化されていたりという今のJ‐POPは、まさしく量産可能で完壁に調整された「工業製品」といっても過言ではないのです。

その点を踏まえたうえで、アーティストのオリジナリティについて分析していくと、それは大きくふたつに分類することができます。ひとつは、ゼロからオリジナルを作る人。もうひとつは、1を10に膨らませていく人です。

どちらもアーティストとしてのセンスが問われるのですが、ゼロからオリジナルを作っている人でも、実は出典がうろ覚えになっているだけで、絶対的なゼロからのクリエイションではない可能性がある。

1983年に大瀧詠一さんが雑誌で「分母分子論」を発表しました。それは世界史を分母にして、その上に日本史が分子としてあるというもの。明治時代以降、日本の音楽の歴史はすべて洋楽からの輸入だったと分析しているのです。

たとえば小室哲哉さんの「wow war tonight」(詞・曲、小室哲哉)。当時、海外で新しいリズムミュージックだったジャングルをいち早く取り入れたわけですが、あの曲の構造は、「革新的リズムパターン分の保守的なメロディライン」という比率式でできています。それらの方法論を小室さんは「照り焼きソース化」と呼びました。要するにハンバーグという洋のものに和風の照り焼きソースを加えることで、それを日本の国民食に変えたということです。

つまり、ゼロからのオリジナリティではなく、1を10に膨らませた結果、洋食(ジャングル)が日本風に加工され、他にはないオリジナリティに昇華されます。

先ほどの大瀧詠一さんの「分母分子論」が土台になっているのですが、分母となる規格は音楽のジャンル(たとえばロックやテクノなど)で、分子となる人格はアーティストのキャラクターです。たとえば、くたびれたスーツ姿のおじさん(人格)が河島英五さんの「酒と泪と男と女」(詞・曲、河島英五)(規格)をカラオケで歌ったとすると、分母と分子がマッチしているため、おじさんの姿や歌に説得力が生まれます。一方で、そのおじさんがきゃり-ぱみゅぱみゅを歌うと、その姿に違和感を覚える人は少なくないと思います。規格に乗る人格が合っていないからですね。式としてうまく成立しない。

今のJ‐POPはアイドルソングが隆盛を誇っています。アイドルが、アーティストより圧倒的な人気を獲得しているのは、彼ら彼女たちが「サービス業」に徹しているからでしょう。
そもそもアイドルは期間限定感が強く、日本には終わりを愛でる文化が土壌にありますから、もろく傍い存在であるアイドルに自然と惹かれる。まさにAKBがそうだと思います。プロデューサーの秋元康さんはその終わりをイベント化して、もっと盛り上がる感動に仕立てあげた。「シングル選抜総選挙」も実にわかりやすい。そこには、勝つ喜びも負ける美学もあり、何位になろうと誰も損をしない仕組みになっている。

しかも、そこには敷居が低くてわかりやすいドラマが展開されている。新橋の酔っぱらいのおじさんだって「さしこは…」と、批評家を気取ることがSNSが当たり前になった今、誰もが物事に対して簡単にツッコミを入れられるようになりました。

「上から目線のツッコミ」というか、一歩引いた状態で見ながら批評したり、ツッコんだりすることがみな当たり前になってきているんです。僕はそれを「メタ視点」と呼んでいるんですが、クールにツッコミを入れる一方で、今の我々には、不思議なことに「純粋無垢な印象を与えるもの」「我を忘れさせてくれるもの」に夢中になっていく傾向もある。選抜総選挙や握手会の盛り上がりを見てもそうでしょう。

なぜ、わかっていながら夢中になれるのか。今は一億総ツッコミ時代なので、大部分の人たちはメタ視点で当然ツッコミを入れます。入れつつも、しかし、実はそこに乗っていきたいという感情があるのです。サッカーW杯を冷ややかに遠巻きで批評していたものの、渋谷のお祭り騒ぎに巻き込まれると意外と楽しい夢中になることは、生きづらい世の中の、いっときの癒しになると楽しい。

J‐POPは工業製品化していると言いましたが、突然どこかに工場ができて誕生したわけではありません。日本人の習性として音楽もある種ガラパゴス化していて、昭和歌謡からJ‐POPまで、歌は螺旋状に進化してきました。

今後もそれが続いていく、そのことに間違いはないと思います。
ただ、そうした中で、強烈なメッセージ性がある人や、新しい存在感を持っている人が出てくると、この先、面白いかなと思っています。でも、それは一人や二人の才能ではダメなんです。同時代に何人もそういう人が出てきて、見えない連合になったとき、パッと爆発して新しいムーブメントが起きる。かつて松任谷由実さんや山下達郎さん、大瀧詠一さんといった天才が音楽業界を変え、それに追いつくようにビジネスモデルが変貌していったように。

ただ、システマチヅクになった今の音楽業界は、気概のあるアーティストが内部から出づらい環境にあります。だからなおさら、外圧というか、アウトサイダーから新しい人が出てこないといけないし、そのほうが面白いはずです。

その端緒になるでしょうか、ヒット曲「女々しくて」(詞・曲、鬼龍院翔)で時代を動かしたゴールデンポンバーの鬼龍院翔さん。この歌で2014年のJASRAC賞金賞を受賞しましたが、彼はもともとお笑い芸人を目指していたんです。けれども「今のお笑いはつまらない。ビジュアル系のほうが面白い」という理由でいきなり音楽業界に入ってきた。

つまり、お笑いにとっても部外者だし、ビジュアル系にとっても部外者なんです。だから彼らがやっていることは非常にメタ的です。在野精神を持ちながら音楽活動をしているんです。だからこそ、新しいスタイルを生み出すことができたのでしょう。