レコード会社を通さない独自戦略のアーティスト
1.アーティストを宣伝する日本レコード協会の会長は、2000年10月に札幌で開かれたMIX2000 in SAPPOROの一環として催された、同協会主催のセミナーの基調講演「日本のIT革命とレコード産業」のなかで、この時期のレコード産業が直面する音楽配信にまつわる諸問題について見解を表明したが、そのなかで「インターネット歌手はスターになり得ない」と述べたことが反響を呼んだ。

ここでの「インターネット歌手」とは、自ら音楽の原盤を制作し、それを自らインターネットで配信するような歌手またはユニットを指している。

音楽配信の時代には、アーティストはこのように既存のレコード会社に頼らず、自らの手でインターネットによって、直接ユーザーに自分の作った音楽を聴いたり買ったりしてもらうことができるようになる。ということが盛んに宣伝されている。→レコード会社と音楽について

このようなアーティストに対しては、既存の音楽産業が保有するスター育成機能(新人アーティストの育成機能とも言い換えられる) が働かないという。

スター育成機能とは、レコード産業を始め、アーティストマネジメント、音楽出版社など、関連する音楽企業が一体となって、あらゆるメディアとそれを駆使するノウハウによって、これはいけると的を絞った新人歌手や新人バンドをスターに育て上げる機能のことである。

まずインターネット歌手が新曲をインターネットで発表したとしても、誰がどうやってアクセスするのか、という疑問が提示されている。新人歌手が新曲を発表していることをインターネットで告知することは、ある程度の範囲までは可能だろう。

しかし、インターネットだけで多くの大衆にその曲の魅力を伝えるには限界がある。現在のヒット曲の生産は、レコード会社を始めとする複数の主体が、テレビやラジオの電波媒体から新聞・雑誌の印刷媒体、コンサート、レコード店など、あらゆるメディアを動員してアイデアと労力と資金をつぎ込むことによって行われている。

このことを考えると、インターネットだけではスター育成はおろか、たった1曲をヒットさせることさえ難しいように思える。ほとんどアク セスのないホームページに、新曲を入れたままで満足している歌手やミュージシャンなど、少なくともプロフェッショナルの世界では皆無であろう。

音楽産業全体の繁栄はスーパースターの存在によって支えられていると指摘し、もしアーティストが自らインターネットによって配信するような現象が拡大すれば、これまで音楽産業内で機能してきたスター育成システムが機能を果たさなくなる。

そのためスーパースターが生まれにくくなり、その結果音楽産業は衰退に向かっとも指摘している。これをレコード産業内部からの、既存産業擁護論と受け取った向きもあったようだが、説得性のある指摘としてセミナー会場でも評価する人が多かったということです。

インターネットを活用した宣伝活動を行っているのは、もちろん大手だけではない。全曲の無料配信だけはまだ各社とも実施 に慎重だが、ライブ・コンサートの生中継は、最近では多くのレコード会社が多くのアーティストについて、盛んに実施している。 レコード会社のオフィシャル・ホームページを立ち上げてみよう。

まず目に入ってくるのはメニュー画面の役割のトップページだが、そのな かのNew Releasesのボタンをクリックすれば、その会社がその月に発売する新曲が、タイトルやジャケットデザインやアーティスト・インフォーメーションなどとともに表示される。そしてそのタイトルをクリックすれば、その楽曲が流れ出す。そのほとんどは数十秒で途切れ、ダウンロードもできない。

しかし曲のサワリだけは繰り返して試聴することができる。場合によってはプロモーション・ビデオを開くこともできる。 レコード会社のトップページの画面からは、その会社のビッグ・アーティストのオフィシャル・ホームページに入ることもできる。そこで アーティストの新曲の試聴が可能であり、さらにアルバムCDの新譜がある場合は、収録されているすべての曲を少しずつ聴くことができる。

またそのアーティストのディスコグラフィも組み込まれていて、そのアーティストの旧譜についても、すべての曲のサワリが聴けるように作られていることが多い。プロモーション・ビデオのライブラリーが開けるホームページも少なくない。

アーティストのホームページは、試聴をともなう楽曲情報の他にも文字や写真を使った各種のアーティスト・インフォメーションが提供さ れる。例えばコンサートやレコーデイングやプロモーション活動など、アーティストの活動のレポートや今後の予定が逐次公開される。

またファンクラブの活動報告の場にもなり、そこではファンからのリクエストの受付やQ&Aなど、アーティストとファンの交流も行われる。それはまさに双方向性というインターネットの特性を生かした、アーティスト・プロモーションの手法といえる。

インターネットの双方向性をフルに活用したプロジェクトの代表例では、エピックソニーが2000年2月に、DREAMS COME TRUEのベス トアルバム「GREATEST HITS THE SOUL」を発売した折りに展開したものが、ネットワークによるCDの編成と宣伝の1つのあり方を示唆する事例として注目された。

まずこのベストアルバムの32曲の選曲は、ファンからのリクエストによって決めるという方針が打ち出された。その募集のために99年秋、ホームページが開設された。ドリカムのデビューアルバムから、最新アルバムまで全10枚のアルバムや、一部のシングル楽曲を合わせた130曲が、試聴でき、同時にサイト上で投票できる設定がされた。結果は99年11月1カ月のリクエスト期間に、 1,000万ヒットを超えたという。

このアルバム発売に当たっての多くのプロモーション活動も、情報発信の中心はやはりDCTWONDER.COMに置かれた。その施策の多彩さにいとまがないが、リクエストの中間発表、結果発表はもとより、リクエスト者へのクリスマスカードの送信、ジャケットデザインの発表、プレスリリース(ジャーナリストにはパスワードが配布され、しかもそのなかにはメンバーによるコメントや内容解説がビデオで挿入された)の開示などがあり、さらに発売月の2月になると、プロモーション・ビデオを含む映像による各種の番組が、つぎつぎにこのホームページで送信された。

さらに発売後は3月末日までの期限つきで、購入者はCDをパソコンのCD‐ROMに挿入することで、特製のスクリーン・セーバーを特典としてダウンロードできるというサービスも行われた。

このようなプロジェクトの展開が可能なことからもわかるように、インターネットでは音楽はもとより音声、文字、動画、静止画にいたるまで、さまざまな情報素材の送信・受信が可能である。

ここまで万能なメディアはかつて存在しない。その音質。画質には現段階ではまだ不満も多いが、それはこれから技術革新が進展するに従って改善されることも間違いないだろう。音楽のプロモーション活動にとって、インターネットの持つ可能性は非常に大きなものがある。



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